trivial days

よしなし‐ごと【由無し事】つまらないこと。益のないこと。たわいもないこと。とりとめもないこと。

[雑記]お弁当を巡るあれこれ

雑誌『天然生活』4月号に角田光代さんの「私の弁当遍歴」というエッセイが掲載されていた。共感するところが多々あり楽しく読んだのだけれど、その中にこういう一節があった。

弁当持参の小学校に入学してまもなく、「みんなのお弁当は色がとてもきれいで、果物もある。私のは茶色い。」と言ったらしい。

それ以後、お母様は意地になって色にこだわり、別の容器に果物まで用意してくれるようになったとのこと。

思い出したのが、我が娘が中学生になって弁当を持参するようになった頃のこと。私はもとからお弁当の色合いを考えてお弁当を作っていたのだけれど*1、ある日娘がほうれん草の胡麻和えだったか、野菜のおかずを残してきたことがあった。その時、これからも野菜を残すのなら茶色一色のお弁当にするけど、どっちがいい?と聞いてみた。すると、これからは残さないでちゃんと食べます、となったのだった。娘が肉どーん!の茶色弁当の方を喜ぶ可能性はあったけど、それなりに栄養バランスを考えて作った、あまり好きではない野菜のおかずも含まれた方を選んでくれてほっとしたものだ。

お弁当といえば、仕出し弁当、コンビニ弁当、ほか弁、駅弁、いろいろあれど、10年以上前だったか、京都の八起庵でいただいたランチの「庵弁当」がすばらしかったことを今でも思い出す。二段重ねの、一段は錦糸玉子がのったごはん、もう一段がいろいろなおかず~鶏料理のいろいろ、京野菜を使った煮物などなど、ひとつひとつがよいお味で丁寧に作られている。それらが形良く詰められていて、しかも季節感も添えられていて、まるで小さなワンダーランドのよう。こんなに楽しくて心豊かになれたお弁当は初めてだったかもしれない。

翻って自分で作る自分のためのお弁当。おかずは残り物だったり、残り物をアレンジした適当料理だったり、買い置いていたお惣菜だったりだけれど、不思議と食べる前はちょっとわくわくする。自分で作っのだから中身はわかっているのに。いざ蓋を開けてみると、朝詰めたときはよそよそしかったそれぞれがしっとりなじんでいて、蓋をしていた時間で美味しさがアップしたかのよう。仕事を辞めてからは自分のためのお弁当作りはしなくなったが、たまにそのわくわくを味わいたくて、残り物を弁当箱を詰めたりしている。

*1:そのほうが中身を決めやすいから